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幸せ(S)に(N)なりたい(N)ブログ(B)

満たされている状態、満たされていない状態、気にしていない状態

我々の欲求には3つの状態があります。

 

・満たされている状態

・満たされていない状態

・気にしていない状態

 

この3つです。

要は、ポジティブな感情で居られるプラスの状態=「満たされている状態」

ネガティブな感情になってしまうマイナスの状態=「満たされていない状態」

そして、欲求を無視しプラスでもマイナスでもないゼロの状態=「気にしていない状態」

 

世間で言われるアドバイスの殆どはゼロの「気にしてない状態」を要求してきます。

それがもっとも健全でいるための手段だと。

 

でも考えてみてください。一番欲しいのはどれでしょうか。

最も幸福な状態はどれだと思いますか。

お金欲しい、モテたい、偉くなりたい、人に好かれたい、美しくなりたい、って思いませんか。

正直に答えるなら当然プラスの状態でいたい。

ゼロの状態が健全なんて言われてますが、プラスの状態のほうが健全でいられる気がします。

(欲求には果てがないから満たされることはないよと突っ込みが入るかもしれませんが、単純に例えば月1万円しかもらえない状態と、月100万円もらえる状態には幸福度に違い出てきますよね。人から美人だねとよく言われる状態と全く言われない状態でも。そういう話をしています。完全に満たされなくても、より満たされる状態は100万円のほう、そして美人といわれる状態のほうなはずです。)

 

プラスで居れるならプラスでいたほうがいいに決まっている。

 

このゼロの状態が健全だよという主張はつまり、マイナスでいるくらいだったら、ゼロでいたほうが良いよと。何をしても満たせない欲求を抱えていてそれに苦しんでいるのなら、手放してゼロにしましょうとそう言っているのです。

プラスの状態の人が欲求を手放す必要はそもそもないし、今マイナスの状態でも、プラスに転じる手段を用意できるなら、ゼロを目指すよりプラスを目指したほうが良いはずです。

ゼロが良いよというのは、世に溢れたマイナスから抜け出せない人へ向けた慰めの言葉、もしくは、将来的にはプラスになりたいけど今この瞬間のマイナスで心が折れそうだという人への応急処置としての言葉なのです。

世の中で叫ばれている、欲求を捨てましょうという言葉を最初から鵜呑みにしてしまうと、ゼロを目指すあまり、本来プラスで居れた人までその機会を逸してしまう恐れが出てきます。欲求と向き合う際、あくまで最初に目指すべきはプラスの状態です。

 

例えば先天的に持って生まれ、変えることが難しいこと。そうですね。生まれつき見た目が悪く生まれてきてしまったとします。

その人の見た目はちょっとやそっとの改善では焼け石に水状態。

そんな人の美人になりたいという欲求は恐らく何をしても満たされません。

美容にこだわっても、化粧をしても、オシャレをしても、整形をしたとしても。

その人にとって、美しくなりたいという欲求は永遠にマイナスの状態をもたらす物となります。

そういう状態なのであれば、その欲求を手放して0にしたほうがいい。これは本当でしょう。

ゼロにするのは何をやってもダメな時の最終手段であるべきなんです。

もし生まれつきちょっと見た目が悪い程度で、何もしなければ自分の欲求を満たせないマイナスの状態だったとしても、適切な努力をすれば自分の納得いく見た目が手に入るような状況の人は、ゼロを目指すよりもプラスになる努力をしたほうが良い。

 

ゼロよりプラスのほうが良いに決まってるという話をしてきましたが、これは見た目以外にも全ての欲求について同じことが言えます。

我々のやるべきことは持ってるマイナス状態の欲求と向き合い、努力してプラスに転換し、持っているプラスの数を一つ一つを増やしていくことです。

ゼロの状態にするというか、何もかもを手放す事ではきっとない。

 

何もかもを手放したその先に悟りがあるとして、それがもしかしたら究極の幸福なのかも知れない。

だとしても今欲求を持ってしまっている状態で、その全てを手放したゼロの状態が幸せだと思えるでしょうか。私には思えません。想像できませんから。

そしてそのあらゆる執着を捨てた悟りの状態が最高なんだとして、その状態にたどり着ける人類なんているのでしょうか。

過去には何人か居たと思います。ブッダとか釈迦とかそういう人たちです。

でも眉唾すぎませんか。そして実現できる人少なすぎませんか。

思うに、もし悟りの境地があったとして、そこにたどり着けるのはめちゃくちゃ優秀な人だけです。そういう人しか多分悟れないです。

凡人たる我々には、恐らく無理。悟りは諦めたほうがいい。

ならもう欲求に従ってプラスにできる欲求をプラスに転ずべく死ぬまで不断の努力をし続けるほうが現実的かつ生産的じゃないでしょうか。

そしてそういう指針のもと、どうしてもマイナスから抜け出せそうにない欲求だけ、ゼロにする。

あと、プラスに転じる過程で、どうしてもモチベーションが沸かないとき、プラスに至る前の現状にどうしても憤りを感じるとき。そんな時に応急処置として、ゼロを拝借してくる。

 

無我の境地に憧れはありますし、その効果もある程度は知っているつもりです。

でも私には「まずはプラスを求める」という、そういう生き方が実はベストなんじゃないかと、そんな気がしてしまうのです。

人生の時間は限られているので、どの欲求がもっとも自分の価値観にとって重要なのか、その見定めからはじめてみます。